満足度の高いミニインプラント
もう一つが医学のフロンティアに対する挑戦である。
すなわち、遺伝子治療等の先端医学を駆使することによる病気の克服である。
いずれも医療の質を高めることになるので患者の利益になり、さらに重要なことは医療分野への財源配分を増やすことを正当化することになる。
前者を実現するには直接的な教育、研修に要する費用のほか、ガイドライソに提示されているような「標準」的レベルの医療が提供できるような病院の人的、物的環境を整備する必要がある。
たとえば、専門医団体が作成したガイドラインには、熟練した技師が最新のCTスキャンを撮影することによってしか得られないような精度の高い画像が要求される場合が想定される。
一方、後者は新しい技術を開発するにはお金がかかるだけでなく、広く利用されるようになればいっそう大きな財源が必要となる。
このような科学主義に立った考えは、主にアメリカに留学経験のある医師によって一般紙や専門誌に紹介されている。
彼らにとっては最新の医療設備を備えた医療センターが理想であり、専門医の団体が作成した科学的基準に従って、同僚の医師同士が相互に評価するシステムが目標である。
こうした医師の中には、最高の医療が受けられるのは一部の裕福な患者に限られているアメリカの事実に目をつぶり、日本もお金を度外視して最高の医療が受けられるようにするべきであると主張する者もいる。
だが、日本医師会としては「科学主義」を正面からとりあげていない。
その大きな理由は、会員の主流を占めているのは個人の「芸」を重視する開業医であり、たとえ同僚の医師であっても専門医が作った基準で自分たちの診療が評価されることを好まず、何よりも「専門医」の資格が公認され、一般の医師より優位に立つような状況を恐れている。
また、医師として先端医学に関心が高いのは当然であるが、厳しく制限された財源の中ではそれに優先して配分するほどの強い肩入れはない。
こうした姿勢の基氏には、第二章や第」ハ章で述べるように、専門医制度も独創的な研究も育ちにくい日本の土壌がある。
消費者主義に基づいた患者の人権の尊重、なかでもインフォームド・コンセントによる情報の公開と自己決定は最近マスコミでよく聞かれることばであり、新しい医療政策にふさわしい理念となる可能性はある。
情報の公開は医療の分野においてとくに進んでいないが、日本の官庁や会社にとっても問題となっており、より大きな普遍的な政策課題の一環として位置づけることもできる。
消費者主義は従来の二つの理念とは対極に位置する考えであるといえよう。
というのは、厚生省の「公衆衛生の実践」は国民に代わって官僚が企画、立案し、日本医師会の「プロフェッションとしての自由」は患者の代理人である医師が決定するので、いずれも家父長的な考えが基本になっているからである。
だが、「消費者主義」には本質的な問題がある。
というのは、もともとインフォームド・コンセントによる患者の選択は、一般の消費者の選択と比べて不自然な要素がある。
つまり通常であれば、経済的なコストを考慮して選択がなされるが、インフォームド・コンセントではこうしたコストの面が建前は排除されている。
もし「消費者主義」を本当に追求するならば、「医療経済」と同じように各個人による利益追求にあくまで委ね、その結果、究極的には支払能力によって医療サービスに格差が生じることを容認する必要がある。
こうした側面は医療の閉鎖性を非難し、すべての情報の開示を求めるマスコミ関係者には無視されているが、消費者主権の広がりを阻む大きな障壁となっている。
日本の医療政策は、厚生省と日本医師会によって決定されてきており、他は両者の支援者であるか、介入できない観客であるか、のいずれかである。
厚生省の政策理念は官僚が策定した計画に従って地域住民に平等な医療を提供する「公衆衛生」であり、日本医師会には各医師が「芸」として高めた医療をだれからも干渉されることなく実践する「プロフェッションとしての自由」がある。
両者は激しく対立していたが、昭和五〇年代前半になると論争そのものがしだいに儀式化していった。
昭和五〇年代後半になると、臨調による財政の健全化が至上命題になり、医療の量的拡大という目標が一応達成されたこともあって、医療費抑制が中心課題となった。
こうした新しい環境下で新たな政策理念が模索されており、それは効率を基本にする「医療経済」、医療の科学的基盤を重視した「科学主義」、および患者の選択を基本にした「消費者主権」である。
いずれもアメリカでは主流となっている考え方であるが、平等が基本原則であり、医療体制としては自由開業医制である日本にとっては本質的に相入れない考えが基底にあるため、受け入れるうえで大きな障壁がある。
そこでこのような閉塞的な状況下においては、国民が医療に対して何を望んでいるかを改めて考える必要がある。
その答えは、やはり今の時代にあっても「献身的サービス」であるように思われる。
つまり、よい医療とは、「赤ひげ」に登場する医師のように、自分のことを顧みず、ひたすら患者のことだけを考える医師が提供する医療であり、それが一つの理想の姿である。
「献身的サービス」を求める国民の素朴な気特の背景には、全能な医師や官僚に期待する国民の潜在的な願望があり、医師と対等な立場に立ち、自らの責任で最適を求める消費者主義とは真っ向から対立するように思われる。
だが、たとえこのような矛盾があるにせよ、国民が医療に対して鬱積した不満をもっていることも事実であり、それを解消するためには国の医療政策として何らかの対応が必要である。
筆者として提示する対応策については最後の章で述べることにし、以下の章では医療政策の当事者がなぜ厚生省と日本医師会に限られ、また具体的にどのような医療費抑制政策がとられてきたかについて分析する。
日本には大学病院のような大きな病院から街の商店街にあるような小さな医院までさまざまな医療機関がある。
これらの医療機関がどのようにして現在のような姿になったかを、とくに日本にとっての大転換期であった明治維新と敗戦に焦点をおいて歴史的に展望する。
次に、医療機関を具体的なイメージとして捉えるため、典型例として六つのケースを描写する。
以上を通じて医師を始めとした医療従事者が毎日どのような環境で働いているかを浮彫りにしてゆきたい。
なお、医療の質の問題については改めて第六章において述べる。
現在の日本の医療制度の基底にある自由開業医制はすでに一八世紀の中ごろまでに形成されていた。
当時、主流であった漢方では薬を調剤することが大きなウエートを占め、そのため医師は別名、「薬師」と呼ばれていた。
また、医療を施すことは人道的行為であるゆえ、それに対して患者に代金を請求するべきではないと考えられていたので、診察料は形式上薬代として支払われていた。
江戸中期の医師数は不明だが、明治七年の統計によれば人口一〇万対医師数は八六・二であり、この値は現在の半分程度ではあるがほぼ全員が町医者として開業していたことを考慮するとかなり高く、それだけ制度として行き渡っていたと推測される。
なお、この推計を含めて歴史的な分析は布施昌一の『医師の歴史』(中公新書、一九七九)に負うところが多い。
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